「大ローマ展」古代ローマ帝国の遺産
人類史上比類のない長さと広さを誇った古代ローマ帝国の遺産をご紹介する展覧会です。ナポリ国立考古学博物館など、イタリア各地から選りすぐった約120 点を ... 日本でこれほどの規模のローマ帝国展が開催されたことはかつてなく、本展はこの帝国の優れた遺産を ...

ローマ帝国を空から見る
... ローマ帝国の勢力範囲の広いことに改めて驚いてしまった。 悠久の時を経て、今ヨーロッパ、そしてアフリカに残る貴重な遺跡の数々は、私の興味を惹き付けてやむことがない。 ローマ帝国に関しては塩野七生のローマ人の物語を確かカエサルの時代まで読ん ...

ローマ帝国
... なお、帝国の滅亡年については、ローマ帝国が東西に分裂した395年、西ローマ帝国が滅亡した476年、東ローマ帝国の滅亡年した1453年など、諸説がある。 ローマ帝国の起源は、紀元前8世紀中ごろにイタリア半島を南下したラテン人の一派が ...

ローマ帝国の遺産
上野西洋美術館で開催されている「ローマ帝国の遺産」 火山で消えたポンペイの街 土の中にあった像、銀の食器セット、壁画 ... 現代は文明が発達して便利になっているけれど ローマ帝国時代、人々の豊かな余暇の過ごし方は 現代より優雅だ。 ...

古代ローマ帝国の遺産
古代ローマ帝国といえば、イギリスを含む今の西ヨーロッパ、東欧世界からアフリカ大陸北岸 一帯、エジプトにメソポタミア地域にまでの広大なエリアを支配した ... 「ローマ帝国はギリシャを征服して結果、逆に制服を されてしまった」という意見もある ...

欧州の旅・思い出のアルバム 小国サン・マリノ(by さすらいおじさんさん)
サン・マリノへの拠点リミニのホステル(15ユーロ・2250円朝食無しの個室)に宿泊してサン・マリノ行きのバス(往復6.8ユーロ・1020円)でサン・マリノを訪問した。
サン・マリノは世界で5番目の小国だが国の歴史は古い。301年にローマ帝国からの迫害から逃れるためにチタン山(現在はティターノ山)にキリスト教信者達が潜伏したことに遡り、共和国としては世界最古の国だそうだ。キリスト教迫害から逃れて潜伏したという点ではモスリムの迫害から逃れて地下都市を築いたトルコのカッパドキアのケースと似ている。サン・マリノは1700年に渡って、他国からの侵略を受けているが、ティターノ山に築いた難攻不落の要塞が占領を許さず現在に至っている。確かに山上にあるこの国自身が自然の要塞のようだ。バスターミナルからロッカ・グアイタ要塞とチェスタの塔(ロッカ・デッラ・フラッタ要塞)まで歩く。要塞からの眺めはすばらしく、第3の要塞、ロッカ・モンターレが良く見える。この美しさが観光客を呼ぶのだろう、人口3万人の小国に年間400万人近い観光客が訪れるそうだ。
関連旅行記-欧州・バックパッカーの旅【38】 イタリアに囲まれた小国サン・マリノ;
http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10114815/(写真はサン・マリノの要塞の光景)
フランス・ヌフブリザック(Neuf-Brisach)★日帰りパンフレット従順ツアー★(by こたんさん)
ヌフ・ブリザック(Neuf-Brisach)は、8角形をした美しい要塞都市です。
この要塞を手掛けたのはルイ14世に仕えていた、【ヴォーバン】です。
この要塞都市はヴォーバンの最高傑作とも言われ、
2008年には、12ある『ヴォーバンの防衛施設群』のうちの1つとして【ユネスコ世界遺産】に指定されています。
◆最初私が偶然にも不思議に思ったのが、
(仏)【Neuf-Brisach】ヌフ・ブリザック と(独)【Breisach】ブライザッハ
なんかスペルが似ています。。(´ε`)
しかもパンフレットや掲示板を見ると必ず「Neuf-Brisach」と「Breisach」がワンセットになって説明されている。。これは怪しい(違)、おかしい~国が違うのになんでワンセット??
色々調べてみると「Neuf=新しい」=「新しいブライザッハ」という意味を持つみたいです。
えーと、簡単にいうと現在ドイツにある「Breisach(ブライザッハ)」が
“神聖ローマ帝国領”から
↓
“フランス領”になり
↓
結局最後は“神聖ローマ帝国へ返還”となったのですが
◆この返還時!!ルイ14世が◆
ちぇ!返還になったから新しい町を作ろう!(・Д・)←注:ルイ14世
ついでに新しい町の要塞の設計はヴォーバンに任せた!すっごいの作ってね!
と、いう感じでしょうか。。
そして今回はヌフ・ブリザック(Neuf-Brisach)を徹底的に回ってみよう!ということでパンフレットに従って回ってみました!
しかし・・・!!
今日一日歩き倒して気が付いたのですが【誰もパンフレットに従って回っている】人はいませんでした!
(;・∀・)あれ?
しかも!!
ヌフ・ブリザックのガイドツアーでさえ飛ばし飛ばしで、ヌフ・ブリザックを案内していました!
(:.;´゜;ё;゜`;.:)ブッ!
だから・・・めちゃくちゃ【無駄に写真が多い】ですが、良かったら見て下さい。※因みに回るのに約3時間かかりました(笑)
時空の隙間に身を置いてイタリア周遊感動の旅:ローマ(by annakさん)
この冬何とか女房殿とお休みを合わせる事が出来て今年はどこに行こうかな?
昨年は思い切ってパリの町に身を置き自由気ままな時間を過ごし感動の連続。
今年もヨーロッパにチャレンジしてみようということになり、いろいろ悩んだ末選んだのがイタリアだった。
昨年と違いツアーではあるが、ローマ、バチカン、オリヴィエート、フィレンチェ、ピサ、ベネチェアをツアーバスで周遊してくれ各都市での自由時間が多いのも魅力的だと思った。
イタリアの町を歩いてみると、ローマ帝国以前から今に至るまでの興味深い空間が混在しており実に不思議な気持ちになったし、とても明るいイタリアンや、雨に濡れながら道案内してくれたルーマニアの方との素敵な出会いがあり大満足。
そしてツアー仲間で半日ご一緒していただいたとてもおしゃれな二人の女性の方との出会いもまたこの旅を素敵に色付けてくれた。
プーリア州 イタリアのかかとの街 レッチェ(by ibikiさん)
南イタリアというとナポリとか シチリアとか アマルフィをみなさんよくご存知だと思いますが反対側の プーリア州もすばらしいですよ。特に 最南端の街 レッチェをおすすめします。レッチェはローマ帝国時代以前からの歴史を持つたいへん古い街です。街の中心部に ローマ帝国時代の円形競技場跡が残っています。そしてバロック様式のフィレンツェと異名をとるほど 旧市街は 真っ白なバロック様式の建物であふれています。
わたしのおすすめなのは 夜! レッチェの市街地の街灯の色が 暖かみのある黄色なのです。このあかりを反射してまちじゅうの白いたてものがブロンズ色に染まるのです。なんともロマンチック!
【旅行時期】2009/08/10~2009/08/25
【エリア】
プーリア州
【テーマ】
【投稿者】
ibiki
欧州鉄道の旅(★世界文化遺産:パリ Paris)(by comevaさん)
パリ
●世界ふれあい街歩き
http://www.nhk.or.jp/sekaimachi/detail/arukikata/050503.htmlトウールーズ(8:52)--TGV8528--(14:50)パリモンパレナスSS
トウールーズから一気にこのパリへ
パリの起源は、ケルト人パリシイ族の人々が、セーヌ川のシテ島へ移り住んだ紀元前300年頃から今日までこの町は衰退することなく発展を遂げてきた、世界でもまれな町です。セーヌ河岸の建物群は約2000年を超える発展史を代表する。
古くは商業と交通の要衝で、その後の長い歴史の中において、政治、宗教、学問や芸術、文化と全ての分野で重要な位置を占めたことも他の大都市の例を見ない。
元々ケルト人によってルテテイアと呼ばれたこの町は、前52年頃、ローマ帝国に征服され、交通の要衝となり、その後、後4世紀中頃にはパリと改名される。
6世紀初頭にはフランク王国の首都となり、シテ島及びセーヌ川の左岸に加え右岸が開発された始めたのもこの頃です。
10世紀末から14世紀、カペー朝の王が定住する首都として、パリは急速に発展。12~14世紀にはシテ島にサントシャペルノートルダム大聖堂と言う、当時の聖堂建築を代表する二つのゴシック建築が完成する。これらの聖堂は、その後の建築に大きな影響を与え、パリをヨーロッパのキリスト教文化の中心地へと押し上げた。
16世紀、それまで商工業の中心だったセーヌ右岸のルーヴルが正式な王宮になると、政治、経済の活動は右岸に集中。左岸は学問や芸術、文化の中心になっていった。
1789年勃発のフランス革命、その後のナポレオン1世の台頭、ヨーロッパ社会を震撼させた1830年の七月革命と1848年の二月革命など、パリの町は18~19世紀に起きた歴史的事件の舞台となる。更に19世紀半ばより、セーヌ川右岸を中心に大通りや水道、建造物が次々と建設され、大きく姿を変える。
その後の20世紀初頭まで続く近代的な町造りは、今日なお、世界各国の都市計画に影響を与えている。
※フランス革命
1789年7月14日~1799年11月9日
1789年ルイ14世以来の財政問題を要因としてパリで市民が蜂起し、フランス革命が勃発。1793年ルイ16世とマリー・アントワネットが処刑され、内乱状態となる。この事態を危惧したイギリスやロシア、スペイン、プロイセン(ドイツ)などが軍事同盟(対仏大同盟)を結成。
※ナポレオン1世
1799年にクーデターを起こし1804年、皇帝となったナポレオン1世は、独裁的軍事政権を確立すると1806年にはドイツの諸侯と同盟を結び、神聖ローマ帝国を解体させた。
中央ヨーロッパやイタリア、イベリア半島での覇権を確立したが、1812年、ロシア遠征に失敗すると、対仏大同盟軍にも敗れ失脚、1821年に死亡。
※ルテテイア
ケルト語で『水に囲まれた住居』の意。
◆◆フランス◆◆
●パリ/モンマルトルの丘
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http://4travel.jp/traveler/comeva/album/10149631/●アミアン/大聖堂:世界文化遺産
http://4travel.jp/traveler/comeva/album/10149632/●シェルブール
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http://4travel.jp/traveler/comeva/album/10149522/◆◆モナコ◆◆
http://4travel.jp/traveler/comeva/album/10149523/●鉄道パス
http://www.ohshu.com/n_rail/top_rail.html(欧州エクスプレス)
http://www.his-hotel.com/rail/index.htm(HIS)
■欧州鉄道の旅 Map comevaの足跡
http://waiwai.map.yahoo.co.jp/map?mid=XOUpBJXEmNEcUnvWgN.4TmcJ8AkkosGfZQ--