マテオ・リッチ関連エントリー

マテオ・リッチ

一昨日,イタリア人宣教師マテオ・リッチの「坤輿万国全図」について書きましたが,今日はそのマテオ・リッチと彼が製作した世界図が図案になった切手です。 上の切手は2002年に イタリア からマテオ・リッチ生誕450年を記念して発行されたものです。 ...

マテオ・リッチ

マテオ・リッチの地図

... イタリア人のイエズス会宣教師マテオ・リッチの作った坤輿万国全図(こんよばんこくぜんず) と言えば世界史をやった人なら覚えているのではないだろうか。 ようするに教科書に載るぐらい有名な世界地図である。京都大学蔵。 ...

マテオ・リッチの地図

ジョゼッペ・カスティリオーネ

日本では フランシスコ・ザビエル 、中国では マテオ・リッチ が有名どころの宣教師。そのマテオ・リッチの中国入りからほぼ100年の後に登場したのが ジョゼッペ・カスティリオーネ です。 イタリアはミラノの生まれで ...

ジョゼッペ・カスティリオーネ

幻覚剤と洗脳、宗教と戦争、について

... マテオ・リッチは、 儒教の教義を本部に報告し、イントルチェッタ神父は 儒教の日常と業績を1687年にラテン語で出版 した[30]。 この仕事はこの時代のヨーロッパの知識人にとり大変重要であったとみられる。 ...

幻覚剤と洗脳、宗教と戦争、について

巡察師ヴァリニャーノの「適応主義」

... これが「適応主義」ともいうべきもので、マテオ・リッチによって展開されていた中国宣教と共通の布教方針である。ヨーロッパで行われている宣教をそのままアジアに移植することの危険性を指摘しているのである。 ...

巡察師ヴァリニャーノの「適応主義」

マテオ・リッチとは?

マッテーオ・リッチ(Matteo Ricci, 1552年10月6日 - 1610年10月6日)はイタリア人イエズス会員・カトリック教会の司祭。中国名は利瑪竇(り まとう、Lì Mǎdòu)。フランシスコ・ザビエルの夢見た中国宣教に苦労のすえ成功し、明朝宮廷において活躍した。 中国にヨーロッパの最新技術を伝えると共に、ヨーロッパに中国文化を紹介し、東西文化の架け橋となった。
イタリアのマチェラータ出身のリッチは、イエズス会に入会後インドでの宣教を志して1578年にゴアに派遣された。その後、マカオに滞在していたアレッサンドロ・ヴァリニャーノ神父の招きに応じて1582年に同地へ赴き、中国宣教団の一員となるべくそこで中国語と中国文化を学んだ。

マテオ・リッチの詳細

マテオ・リッチに関するニュース


中国人はコロンブスより早く米大陸を“発見”…香港人学者
サーチナニュース
李教授が証拠としたのは明朝時代に中国に滞在したイタリア人宣教師のマテオリッチが1602年に製作したとされる世界地図「坤輿万国全図」。李教授はマテオリッチまたは欧州人が作ったものではなく、さらに160年前の鄭和の時代の中国人が作ったものと主張。 ...